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バッヂテスト物語(第四話:怒涛編)

 2級合格後、すぐにシーズンは終わった。ここで少しオフの過ごし方を話そう。
 まず夏休みもスキーのために使いたいというのであれば、南半球に行くのもいい。ただし天気は良くない場合が多い。日本の夏休み時期のニュージーランドは日本の1月くらいで、荒れやすい。またラグビーは盛んだがスキーはそれほどでもなく、雪山はあるものの商業的に営業するスキー場そのものは小さいので、ロングコースをバリバリ滑るというものではないし数も少ない。そのため日本からはるばる行くとなると、オプションのヘリスキーを選択する場合が多い。もともと高い旅行代金がなおさら高くなるが、そうでもしないとスキーをしに来たというインパクトが弱くなる。日本とシーズンが逆でなかったら、多分行かなかったかもしれない。

 ザウスに行ってみるのもいい。コースそのものはすぐに飽きるが、夏にトレーニングのつもりで行けば十分納得するだろう。ブーツを履いてスキー板に乗る感覚は、特殊なものがある。何もしないと12月ごろはリハビリというか、感覚を取り戻すのに苦労してしまうのだ。

 またスキーはイメージトレーニングが大切なスポーツであり、ビデオは大切な学習方法だ。私はJTBの「沢田敦のバッヂ検定2級」を何百回視聴したことか!。内容も解説も映像も満点が取れるビデオをいきなり買ったのはラッキーだった。同じシリーズの1級のビデオも買ったが、私が受検する年から「横すべり」が無くなり「制限滑降」になったので、内容が少し陳腐化してしまった。

バッヂテストやってるよ
妙高池の平で見かけたバッヂテスト風景
遠くに斑尾山(左)と野尻湖(右)が見える
   

 上級者になるほど技術選やデモ選のビデオが好まれるが、解説内容のレベルも高く専門用語に対する知識が無いと何をしゃべっているのか分からないだろう。しかし見ているうちに、言葉も覚えることができる。この技術選やデモ選のビデオでは、専門のナレーターがしゃべっているビデオをお勧めする。解説委員が直接しゃべっているものはナレーションに関してはシロウトだけに、耳に障る音が多い。「〜です。」の「す」の音が歯の間から抜けて、耳に障ったりするのだ。H氏の解説のビデオを買って参った。ビデオは最終的に15本くらい買ったが、自分の技術や目的に合ったものがいい。
  悪いビデオの代表例は最近見かけないので言うが、立風書房の「ウェーデルンまで45分」だ。パッケージにはイタリアのデモの写真をデカデカと載せているが、実際にはオープニングと途中で少し出るだけ。それもこのビデオのためではなく、どこかで撮影したウェーデルンの部分だけを切り貼りして持ってきた感じだ。実際には大部分はナイスクというスクールの教師が出ていた。ビジュアル的には驚くなかれ、吹雪の中での撮影が多く、よく見えないシーンも多い。刺激的なタイトルをつけて手軽に稼ごうということか。「3日で楽してやせるダイエット」にひっかかったような心境だ。最近はビデオ書評も増えているので、こういうのにはひっかからないようにしよう。ちなみに私はバッヂ受検時代は毎年、技術選とデモ選のビデオを買っていたが、種目によって使用する板を替えるようになったころ(粟野デモ初優勝のころ)から、自分にとって実践的でないと思い、買うのをやめた。
 その他、筋肉トレーニングもやっておこう。シーズン初めにいきなりスキーをして筋肉痛を起こし、翌日のレッスンに支障をきたす恐れがある。いきなりジャンピングウェーデルンをやったら、翌日腹筋が痛くなって参った。

クローチング
 スキーのオリンピック選手が、直線やゴール前でやる姿勢。ひざを曲げてかがみこみ、両手を前に突き出して、顔を伏せる。最もスピードが出る姿勢。

 さて、次のシーズンインは昨年と同じく、志賀の熊の湯であった。スクールに入り軽いリハビリを行う。このシーズンも去年と同じ先輩に連れて行かれて年末年始はウィスラーに行った。日本に戻り、本格的にトレーニングを開始する。1月に鹿沢ハイランドでスクールに入る。

 ところがここで事故に遭う。後ろから暴走してきたレーサーに追突されたのだ。前のめりに、両手をついて滑り落ちた。この件は国内スキーレポートにも詳しいが、常設ポールコースを持つスキー場にはえてしてこういうレーサーが多い。見ていても普通のコースをクローチングで飛ばすのが多い。北米だったら、即刻リフト券を取り上げられていただろう。その中には足元を見て滑っているのもいるのだ。この鹿沢ハイランドはリフトが混雑するうえ、神立高原と異なりスクールに優先乗車権が無いので、4時間のレッスンの1時間以上をリフト待ちに費やした。偏見もあろうが、もう行きたくないスキー場である。

 土日にスクールに入るつもりなら、事前に電話して、スクールに優先乗車権があるか否か、調べてから入るようにしよう。

 これに似たのが翌週の軽井沢プリンスホテルスキー場だった。堤氏のプリンス系のスキー場ならば、堤氏が会長をやるSAJのスキースクールはリフトは優先かと思ったら大間違いだった。これまた同じくらい時間を消費してしまったので注意が必要だ。

 1〜2月は特訓を続ける。毎日残業で遅く帰宅し、休日は早朝からスキーに行くのでほとんど家にいない状態になる。またブーツもラングのデモ(ピンク色)に替えた。実は、どうしても足首を曲げるのが苦手だったので、コフラックのブーツの内側、すねが当たるところを切り取ってもらい2級に合格していたのだ。だがブーツに慣れきってしまうと、逆に柔らかすぎて強い回旋力を使う回しこみでは、ブーツの性能が出ない気がしてきた。そこで知人の勧めるラングに替えたのだが、私の幅広甲高の足には合わなかった。ショップで何度も当たる部分を出しなおしてもらい、馴染むのに1ヶ月はかかった。
 
 そして3月、いよいよ1級を受検することにした。場所は万座温泉スキー場だ。SAJでは珍しく(もともとはSIAだったらしいが)、ここはバッヂテスト合宿がある。2日間特訓し、3日目にテストというものだ。
 万座温泉は吹雪いていた。1日目は遠くがよく見えない。急斜面のある、朝日山ゲレンデでレッスンが始まる。1級組は男4人女2人だが、2級組も5人いて、生徒が11人もいる。これを1人の先生が教えるのだ。レギュラーコースよりも料金が高いのに、これはないんじゃないの?ところが、同じ日程で、クラウン・テクニカルプライズという、1級よりもさらに上のテストを受検に来ているのが50人以上いて、そちらに教師をさかれたらしい。ううん、ひどい話だ。とりあえず、万座に入校する時は、他のプライズテストがある日程は避けよう。今回はまだ、合格よりもトレーニングの意味合いが強いので少し残念だ。
  
 まず全員で基本的なパラレルの練習から入る。運動要素を説明しながら各種のトレーニングを行う。だが、1級組がステップターンをやる時は2級組はシュテムターンをやる。やっぱり変なレッスンだ。20%くらい金を返してもらいたい。
 次に共通の小回りをやる。この年から「ウェーデルン」は、「パラレルターン小回り」という名称に変更になっていた。
  ここで変なことに気づいた。我が1級受検班は全員、すでに2級に合格しているわけだが、ある女の子が「おめー、よく2級取れたな」と言いたくなるような小回りをやっているのだ。肘をぴったり脇に付けて、爪楊枝で刺すようなストックワークだ。板もただ、ずらしているだけだ。2級受検班たちは我々を2級合格者として、羨望と尊敬のまなざしで見ている(これは聞いたが、本当だ。私も、簿記の2級を受検するときは、商業高校で2級に合格していたという大洋ホエールズの斎藤投手を偉大に感じていたものだ)。彼ら2級受検班に彼女の滑りを見られると、同じ2級合格者として恥ずかしいくらいだ。リフトでさり気なく、どこで2級を取ったかと聞いたら、クラブの検定で取ったという。やっぱり。
  
 バッヂテストにも色々ある。SAJ公認のスキークラブで検定員や指導員がいれば、クラブ主催でバッヂテストができる。クラブの親睦と結束のために、この身内による検定の採点基準はお汁粉よりも甘いと聞いていたが、そうだったか。ちなみに某電気メーカーには企業内に大きなスキー部があり、検定員資格者が数人いるので、会社のスキー部だけでテストができる。むやみに落とすと業務に支障をきたすので、その採点ははちみつ入りのお汁粉よりも甘いという。
 そうか、そうだったか。でも1級は普通のスクールで取りにきたのだから、殊勝ではないか。がんばれ。万座大好きという女の子だ。それにしても印象深い、変な小回りだ。そう簡単には直らないだろう。初日は基本動作とパラレル大回りを中心に終始する。
 

  
万座スキー学校のオリジナルテレカ
  

 翌日は小雪であった。検定バーンの朝日山に登る。結構な急斜面だ。小回りをやるが、暴走してしまう。い、いかん!距離も長いので、ゴール付近では制御不能になった。まずい。明日のテストまでに、できるようになるだろうか。
 小回りには、急斜面を安全に下りようとする制御型のものと、中緩斜面をスピードを落とさずに滑る推進型のパターンがある。明確な区分があるわけではないが、ひざやすねの使い方が微妙に異なる。朝日山の急斜面では、前者のスピードを抑えるパターンの小回りが必要だ。自由時間では、必死で制御型の小回りを練習する。
 下の緩斜面では、ステップターンを練習する。うーん、何だかうまくいかん。でも、何かきっかけがあれば必ずできるようになるだろう。急斜面小回りのように、筋力が要るわけではなく、ただ感覚的な問題なのだ。それにしても、あの女の子はスケーティング、というより、ローラースケートのような滑りをしていた。まあ、それよりも小回りを直した方がいいよ。私も他人のことは言えないけど。

 さて、2日目の夜、ミーティングでは明日のテストの対策がある。内容的にはたいしたことはないのだが、聞いている時はみんな真剣だ。不安なのは長い急斜面小回りでリズムを崩したり、暴走しないようにするにはどうするかだ。ベッドに入ってからも、それだけが気になった。

 翌日、天気は良かった。ここで騒ぎとなる。天気はいいものの、風が強すぎて朝日山リフトが止まってしまったのだ。「朝日山のリフトが動かないので、午前の講習と午後のテストは、プリンスゲレンデでやります」ゲッ!あの急斜面の特訓は何だったのか!。板を担いで5分ほど歩き、プリンスゲレンデに移動する。なお、クラウン・テクニカルプライズのテストは、斜面の難易度を守るため、朝日山で行う。練習も、板をかついで山を登ってやるという。悲惨だ。

 プリンスゲレンデはリフトは動いていたものの、斜面は朝日山よりも緩かった。しめた、ラッキーか?。あわよくば合格か!?。緩斜面では、スピードが落ちないようにしないと1級は合格できないので、朝日山とは戦略が異なる。半日の教習の後、いよいよテストになった。1級は、当日試験だけの申込者もいるので、合計10名ほどになった。あの女の子は私の後ろのゼッケンだった。検定バーンは早朝の雪が数センチ積もっていて、いくらかバーンを難しくしていた。

 前走は我々の教習を担当して下さった斎藤さんという、若い教師だった。大回り(パラレルターン)の前走で、いきなり、4回転のところを3回転でゴール。受検者が動揺してざわめく。スタートの旗振りの人が、「あれはいけません」と、すまして一言。イメージを作るはずの前走が、イメージをぶっこわしてくれた。斜面は難しくはなかったが、練習の時よりもだいぶ緩くて、感触がいまひとつ。うまくいったかな?。すると同じ合宿仲間が、「2級と同じバーンで同じ4回転だから、1級は厳しく見られるよ。ちょっとでもズレた滑りだと、点をくれないよ」うーん、そうだろうなあ。1級だけ難しい斜面でやったほうが、むしろ採点は甘くなるのかなあ。小回り(ウェーデルン)では、夢中で演技したが、ゴールまで時間がかかりすぎただろうか。あの女の子は相変わらずだったが、よく見ると、応援団が来ていた。スキークラブの仲間らしい。同じウェアが並んでいる。逆にプレッシャーになるんじゃないの?
 
 ステップターンは今ひとつ、食い込みが良くなかった気がする。あの女の子のステップターンは、実に独特でインパクトがあり、忘れられないものがあった。
 次の総合滑降はもっと直線的にコースどりをすれば良かったか。そして規制滑降で終わる。うーん、落ちたかなあ。納得がいかなかった。でも、1つでも多く70点を取って次回につなげよう。
 
 さて、いよいよ合格発表である。サングラスをかけると、やたら迫力のある検定員のオヤジが出てきて、有難くも、もったいない講評をしていただくのである。「1級としては斜面がやさしいので、厳しく採点しました。」うわあ、もうだめだ。「1級では、ズレたターンでは点が出ません」頭ごなしにビシビシ言われるが文句は言えない。刑務所の看守と囚人だ。「君たちの中には、ステップターンができないんじゃなくて、知らないのがいる」ひでえ、俺のことか。でも、もうちょっと丸い物の言い方ができんかい。こっちは一応、客だぞコラ。
  発表の掲示を見る。もちろん不合格。掲示では3人の検定員の5種目の点が全部分かる。3人の検定員が70点をつけたら、210点でその種目は合格点。208点なら3人の1人は70点をつけたことになるが、合格水準ではない。207点ということは、3人全員が69点をつけたということだ。自信があったパラレルで207点だから、2級合格の滑りではダメということだ。制限滑降で208点と、誰か1人だけ70点を付けてくれたのが慰めとなった。2級と1級のエッヂングの質の違いを勉強しないと、合格はおぼつかないだろう。
 
 1級は当日参加も含めて全員不合格だった。1種目でも、合格の210点を超えた受検者自体が少なく、惜しかったという者はいなかった。2級は数人、合格していたようだ。緩斜面になると2級と一緒にやるがゆえに、逆に合格は難しくなるのかもしれない。
 
 さて、あの女の子は・・・無残であった。207点も取れていない。でもまあ、通常のスクールに受けにきたガッツで、これからがんばってほしい。よく見たら、ステップターンでは受検者で唯一人、203点となっている。転倒して板がはずれたわけでもないのに、68点も取れていないのだ。「ステップターンを知らない」というのは、この子のことであることは誰の目にも明らかだった。その女の子は、掲示板の真ん前に立っていた。口が半分開いていた。魂はどこかに飛んでいってしまったような放心状態にあった。合宿仲間はお互いの今後の健闘を誓い合って別れたが、誰も彼女に声をかけることはできなかった。彼女は数人のクラブの仲間に抱きかかえられるようにして、会場を後にした。私は合宿を共にした仲間と、何の挨拶もなく別れるのに気が引けたので、応援に来たクラブの仲間の一人に声をかけた。「彼女にね、がんばって、1級は万座で取るように言っといて下さいよ。必ず点は上がっていきますから、とね」そのクラブの仲間はバツの悪そうな顔をすると、ためらいながら私に言った。「彼女は、実はもう1級を持っているんですよ。うちの(クラブの)検定でね。でも、友達からいろいろバカにされるんで、頭にきて、万座に取り直しに来たんですよ。でもね。」そう言うと、これ以上語るまいという表情を見せて、仲間の元へ向かった。彼女は全ての技術を否定される点数を食らい、人格を打ち砕かれるような講評を浴びせられて、万座を後にしたのだった。
 
 バッヂテストとは、何だろう。それはきっと、とても難しい問題に違いない。考えるのは合格してからにしよう(この結論は、最終章で)。
 しかし、不本意な、納得のいかないテストだった。まともなコンディションで朝日山でやっていたら、何点だっただろうか。
  
 翌週、メイプルヒルに行く。ここで生涯初めて(最後になればいい)事故を起こす。ライラックコースを滑っていた時だ。コース端の左側からほぼ真横に滑ってきた女の子がいて、いきなり視界に入った。あわてて板を横にし右側に逃げようとしたが、女の子はキャーとか言って、そのまま真横に切れ上がるように滑るので、二人で斜面に並ぶようにして接触し、倒れてしまったのだ。私が他人と接触して倒したのは、これだけだ。もちろん、軽くころんだだけでお互いケガなどなかったが、女の子は体が幾分谷側に倒れており、山側に向かって起き上がろうとするので、起き上がれない。手を貸そうとしたが、20mほど下で彼氏とおぼしき男がこっちを見ているので、躊躇していたら、上からレッスン中のスクール教師に、「手を貸してあげてね!」と怒鳴られた。逆にその声に助けられて、女の子を起こしてあげたのだが、午後にスクールに入るつもりだったのをやめてしまった。
 いちおう、上から滑ってきた方が悪いことになるのだが、この場合、10対0だろうか?。
  私は初心者のうちからスクールの先生に「滑り始める時は、必ず上を見て、他の人が来ないか確認してからスタートしてください」と教えられていたのだが。また、斜度のある斜面を真横に横断したら、危険ではないだろうか。うーむ。とりあえず、先シーズンから年間スキー保険(2000円弱)に入るようにしたが、滑る回数の多い人は入ったがいいだろう。なお最近ではクレジットカードのホルダーに自動的に付与されるスキー保険もあるので、私はそちらに乗り換えた。
 
 さらに特訓を重ねたあと、1級を受検することにした。小回りに自信が出てきたからだ。場所は信州湯の丸、2級に合格したアサマ2000の隣にある。この時はまだ新設コースは無く、ちんまりしたスキー場だったが、標高が高いので、3月下旬でもいい雪が期待できたからだ。小諸ICから山を登り、ちょうど山の上あたりにある。ここは道路を挟んで2つのスキー場に別れており、板を外して歩かなければならない。検定は人の少ない、小さいほうのゲレンデ(大きな1枚バーン1つ)でやることになった。1級受検者は8人ばかり。中学生の女の子のレーサーがいて、いかにもといった板やストックを持っており、受検生の目を引いた。湯の丸にはシーズン券で来ているという。とても速そうだ。だが、レーサーは小回りやステップターンなどは、苦手と聞いていたが。
 
 午前中はレッスンを行う。ズレや切れなど、少し高度な話を聞く。そして、午後はテストだ。下に検定員が3人並んでいるが、上のスタートの旗降り役の人も検定員の資格を持っているという。そして、私の前のレーサーの女の子がスタートした。すこし直滑降したあと、左ターンへ入り、1回目のターンを始動した。足首やひざの使い方が鋭い。上から見ていると、エッヂが音を立てて雪面に食い込み、板の上がこちらによく見える。旗振りの人が「いいな〜」とつぶやいた。明らかに、他の受検生とは違う。総合滑降では、検定員はコースの中ほどで採点する。コース途中から傾斜が急なため、下からでは上が見えないというのが理由だ。中間の急斜面に入るところでゲレシュプを入れたが、失敗し、30cmも跳ばなかった。午後に発表だが、きっと、だめだろうなあ。
 
 結果を見てみると、やっぱり落ちていた。全部の種目で69点なのだ。あの女の子のパラレルでは、71点を付けた検定員もいた。旗振りの人が「いいな〜」と、間髪を入れずに言ったのは、正しかった。自分ではうまく滑ったつもりのパラレルが1級で急に通用しなくなった理由が分かった気がした。
  
 このころから、「角付け(エッヂング)」を強く意識するようになる。今までは、外向傾姿勢(がいこうけいしせい)という、「クの字」型の姿勢(詳解はやめるが、2級受検レベルでは、よく出てくる)を作ることばかり考えて、上半身の形にこだわっていたかも知れない。それよりも、板に意識を集中し、今、板が荷重されているか、板がどう角付けされているかに注意するようになった。うまく板に乗れていれば、上半身はたいていきれいな形になっているものだ。
 このシーズンは雪が特に多く、GWまでトレーニングができた。
 

飯綱リゾートで見かけたバッヂテスト風景
   

 さて、次のシーズンでは、1級を取らねば。3年目で2級に合格したから、5年目で1級は順当だろう。例によって、志賀高原でトレーニングを開始する。本来、私は広告代理店のプランナーのせいか、あちこち行くのが好きで、同じ場所には繰り返し行かないものだ。
しかし、雪の早い志賀は行きつけのスクールもあり、毎年のシーズン初めには行っている。
  そして板も替えた。ロシニョールのケブラーも返りが悪くなったせいもある。同じロシニョールのRXDというオレンジ色の板で、カービングの板がブレイクする直前の、その年としてはサイドカーブがかなり付いていた板だ。この板を持って、菅平の隣、峰の原でためしに滑る。おおお、ものすごい切れ上がり方だ。「RXD」なんて味気ないネーミングではダメだ。「一級楽勝」なんて名前はどうだろう。よしよし。すぐにでも受けたくなった。
 この後、猪苗代方面で仲間と滑る。だが、ここで怪しい雰囲気が漂ってきた。小回りが下手になったのだ。足先をチョイチョイと回しただけで、きれいに切れ上がるので、足先で回すようなクセがついてしまい、小回りでこれをやると、無意識に後傾してしまうのだ。あの初心者のころの「空気イス」の復活だ。
 
 戸隠でスクールに入る。午前は生徒2人だが、私は2級挑戦中のもう一人よりも明らかに下手だ。「すごく後傾していますよ」そうかなあ。先生が、「ちょっと、ここまで小回りで滑ってごらん」と、30mくらい下まで降りた。すると10mくらいからコントロールがきかなくなり、とうとう転倒してしまった。2級のハジだ。午後はマンツーマンになった。もう、小回りの特訓だ。要は、もともと十分しっかり板に乗れているわけではないのに、足先だけで回ってしまう板を履いたために、ますます乗れなくなってしまったのだ。い、いかん。板に負けている。緩斜面で板の上に乗るための、基礎トレーニングを繰り返す。
 
 2月には、あの白馬岩岳に会社のメンバー10人くらいで行った。研究所に出向中、初めて連れて行かれたスキー場だ。ガケのように感じていたゴンドラ左の斜面は、2級のウェーデルンにも使えないような緩斜面だった。会社のスキー仲間は「去年よりもうまくなった」と誉めてくれた。パラレルはきれいだろう。小回りはお見せできないが、少しは安定感が出てきたかな?。
 
 翌週、会津高原に遠征する。高畑で練習し、台鞍山で受検する。ここの1級は、下のファミリーゲレンデ脇の中央ゲレンデが検定バーンである。そこは中斜面になっており、途中でいきなり緩斜面になる(国内スキーレポートのテレカに写っているが)。急斜面ではないから、なんとか、小回りの暴走を抑えられるだろうという作戦だ。1級受検者は4人しかいなかった。午前中にレッスン。「総合滑降では、途中でいきなり緩斜面に入るので、スピードを落とさないように」フムフム。よし、小回りの斜面もきつくないし、うまくいくかな。パラレル大回りはきれいに決まった。小回りも暴走しなかった。一通り種目を終えたが、うまくまとまった感触がある。「ひょっとしたら、受かるかもしれない」小回りがうまくいったあたりから芽生えたひとすじの希望は、ほのかな芳香とともにふくらみ始め、テスト終了後のお茶の時間には、一人笑いが止められないほどにまで成長したのであった。あとは、発表を待つだけだ。

台鞍山ゲレンデ
台鞍山ゲレンデ。テストはリフトの右側の
バーンを使用した

 発表では、長ったらしい講評が続く。乾杯前の挨拶と、検定の講評は短いほど良い。「合格者の横には、印がありますので、掲示を見て下さい」発表の掲示を見に行く。不合格だった。1級は全滅だったが、それはどうでもいい。点もロクなもんじゃないが、気になる小回りは平均69点だった。規制、総合滑降では210点に届かなかった。ただ、パラレルが210点、検定員が全員合格の70点と判定してくれたのだけは救いであったが。
 
 私はバッヂテストの時は、スキー場に一人で行くようにしてるが、落ちた時の帰り道はつらいものだ。東北自動車道の途中には、真西に向かって走る部分があり、バッヂテストが終わってすぐ帰ると、ちょうど日が沈む頃になる。夕日に向かって走っていると、つい、なぜ自分はテストを受けるのか、バッヂとは何か、自分の人生とは何なのか、といったことを考えさせられてしまう。自分の実力とはいえ、つらいものだ。
 
 その後もトレーニングを続ける。パラレルで70点を出せるようになったのは、板の性能のおかげ、という部分も大きいだろう。そのおかげで、自分も滑る時にエッヂングに留意するようになり、滑りが変わったと思う。八千穂高原では、スクールに入ったらマンツーマンになったので、悪い部分を徹底的に直してもらう。バッヂに落ちてるんですよと言ったら、先生の方がムキになってくれた。
 
 さて、シーズンも終わってしまう。3月下旬、おんたけに行く。おんたけは標高が2000m級だから、雪もよかろう。開田マイアでトレーニングをしてから、その日の夜は木曽駒高原新和スキー場でナイター特訓。ここは、ナイター前にいったんリフトを止めて再圧雪してくれるので、ナイスだ。翌日おんたけへ。ここは信仰の山であり、スキー場へ行く道路の脇には、お墓やら神社やらが並ぶ。私にとり憑いた邪気を払うにはいいだろう。
  ここのゴンドラの最高地点は2200mという、志賀高原級の高さだ。しかし南東向き斜面で、下半分はゴルフ場のようになっていた。御岳山には、北向きのチャオ、東向きの開田マイア、御岳ロープウェイがあり、おんたけは最も標高が高いが、南東向きで、雪が緩むのは最も早い。

  テストは標高の高い部分でやる。懸念の小回りは、びっくりするような斜面でやる。第6ペア下の、ほんの10〜15メートルの緩斜面でやるというのだ。あれ?間違えて2級を受けてるのかな?そう疑ってしまうほどだ。先生までが、「この斜面は、1級の小回りとしては短くて緩斜面ですが・・・」と言っていたが、2級としても短くて緩い。これでまた採点を厳しくされてはかなわん。ボーダーが多く、最も大きな斜面は使えない。少ないリフト本数で5種目をやろうとすると、こうなってしまうのだ。受検者数は今までの私の経験では最も多い30名以上だ。数班に分かれて午前のレッスンをする。ここで、先生の何気ない教え方で、いきなりステップターンに開眼する。そうか、自分は勘違いしていた部分があったのだ。急に板に乗って、推進力のある滑りができるようになる。本当に、ブレイクしたという表現が当たっていた。ひょっとしたら・・・いかん、油断はいかん。一通りの教習を受けたが、小回りはコースが短すぎて、逆に不安だった。
 
 午後、いよいよテストだ。午後はいきなり、雪が緩み始める。パラレルの次が総合滑降だ。ここで事件が起きた。バーンの上から、下が見えないのだ。スタート直後の緩斜面でスピードを上げて、急斜面に入った時に演技を始める。急斜面からはゴールの旗が見えるという。私はローテーションで、スタートは5番目くらいだった。勢いよく滑り、急斜面に入る。ゴールの旗が見えた。小回りとステップターンを織り交ぜ、ゴールした。ゴールの検定員が言った。「1級はあっちだよ」なんと、2級のテストをすぐ隣でやっていて、2級のゴールに突っ込んだのだ。あわてて1級のゴールへ。どうにもならない。すると、2級のゴール旗は降ろされ、場所を変えてしまった。私の前の人も、立て続けに間違えて2級にゴールしたらしい。あのね、どうしてくれるの。いっせいに詰め寄るが、あとで検討のうえ、返事をするとのこと。
 
 小回りは、もう、どうしようもない荒れたバーンになっていた。昼食時に練習していた連中がバーンを荒らしたのだ。数人の教師が並んでボーゲンをして、バーンをならす。ところがバーンは柔らかくなっており、数人滑っただけでバーンには小回りのS字のカーブがくっきりと刻み込まれていた。スタートとゴールのポールの位置が動かないのだから、この溝に沿っていかなければいけない。私はローテーションで後ろの方になっていたため、もう、小回りどころではなかった。
 
 発表には、かすかな可能性があった。総合滑降の不祥事をスクールがどう見るかだ。だが、期待はしていなかった。結果は不合格だった。しかも、点数はひどいものだ。レンジの広いスクールだが、パラレル大回りに68点を付けたのもいる。台鞍山70点をなめてるのか。おしい点数だったら、再度詰め寄られると思ったのだろうか。あの時2級に突っ込んだ者は、みんな手討ちにあったように切り捨てられた。校長とおぼしき教師が、「結局、1級のゴールを見極める余裕が無かったということですなあ」でもね、事前レッスンの総合滑降も、ちょうどそのへんがゴールだったし、せめて「となりで2級のテストをしている」とひとこと言ってくれればねえ。
 また、バッヂテストは各スキー場の特性がある。万座は小回りは急斜面。台鞍山は総合滑降が急斜面からいきなり緩斜面に入るという特殊性があった。おんたけは、小回りは短くて緩い斜面。午後は雪の緩みが早い。だから、私のように、毎回スキー場を変更して受検するのは不利かもしれない。ただ、色々な場所に言ってみたいという性格は直らないので承知のうえだが、あなたは、最短で合格したければ、スキー場は特定した方がいいだろう。
 
 それにしても、気分が悪い。連休が取れていたので、木曽福島に宿泊し、翌日は、きそふくしまスキー場に行った。ここは南西向き斜面だが、気温が低かったので、雪のしまりもよかった。ここから見るおんたけはキリマンジャロに似ていて、とてもきれいだ。おんたけスキー場からは山頂部分だけが間近に見えるが、山の美しさを見るには、このくらい離れた方がいい。「遠景に山なくして、美しい風景はありえない」とブリアンが言っていたが、そのとおりだ。とくに最上部のスカイコースからがいい。下の方では昨日開眼した、ステップターンを繰り返し練習する。きれいに乗ると加速するのが分かり、気持ちいいものだ。

きそふくしま
きそふくしまスキー場
から御岳山

ここのシークレットBコースで、もうひとつの開眼があった。誰もいない、圧雪された急斜面なのだが、昨日のうっぷんを晴らすためにスピードを上げて滑ったのだ。このロシのRXDという板は、大回り用に設計されているらしいが、実に安定感があり、真上から乗っていると、全く恐怖感が無い。積極的に板に加圧し、たわんだ板の感触を足裏に感じながら、遠くの一点をゴールと思って飛ばした。高速による恐怖感や危険といった感じがない。板に乗れているからだろうか。何かをつかんだ感じがして、ここを繰り返し滑った。

 問題は小回りだった。どうしても暴走気味だ。緩い斜面のスキー場だと採点が厳しい。他の種目では、小回りをカバーする71点を出せるようになるには、時間がかかるだろう。このRXDという板は、パラレルで70点をくれたが、小回りを遠くしてしまったのか。ちなみに姉妹品で緑色のRNDがあり、こちらは小回り用に設計されており、台鞍山の前走は、このRXDとRNDを使い分けていた。だが、私にそんな余裕はない。果たして、私は1級に合格できるのだろうか。暗雲が漂いはじめた。

御岳
きそふくしまスキー場
シークレットBコース
 
(第3話:疾風編)  (第5話:飛翔編)
   
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