HOMEスーパーエッセイ! > バッヂテスト物語-5

バッヂテスト物語(第五話:飛翔編)

 ここで再び、スクールの話しをしよう。私は日本中のいろいろなスキー場に行ったが、やはり1級を早くとるなら、特定のスキー場に決めておいた方がいい。小回りの検定バーンはどんな斜面を使うのか。急斜面で、多少のズレは許してもらえるのか、緩斜面で、絶対にズレてはいけないのか。それぞれ、練習方法が異なるからだ。また、大きなスキー場では午前中はフリーで滑りまくり、午後には気に入ったバーンを繰り返し滑った。小さなスキー場では、スクールに入る。2級を持っていれば、普通は上級班になり、マンツーマンになることが多い。
 
 さて、このシーズンも志賀高原のスクールでスタートする。雪が少ない年だったので、年明けになった。スクールでリハビリをした翌週、北志賀に遠征する。高井富士へ行き、そこから連絡コースで木島平へ。パラグライダーを仰ぎ見ながら、牧の入で滑る。標高は低いが、ほぼ真北を向いたスキー場で、雪質は良かった。広いバーンは開放感にあふれ、ボーダーが多かった。小回りの練習にもいい斜度だが、ボーダーが多くて、一直線に滑るのは困難なくらいだ。
 
  さて、高井富士に戻って昼食をとろうかと、連絡リフトに乗った。ここで、変わったことに気づく。池の平という、高井富士と木島平を結ぶ、このシーズンからできたばかりの連絡コースなのだが、その連絡リフトにクワッドが使われているのだ。なかなか贅沢だ。しかも、この連絡コースは距離も斜度も、小回りの練習にいい。幅は木島平に比べれば見劣りするが、検定バーンとしては十分広い。ボーダーもほとんどいない。さらには、片方のコースは木立に隠れて、リフトから見えないのだ。これは決定的な魅力だ。
 
 私は、リフトに乗っている客から見られると、気になって仕方ない。たとえば、ストックを短く持った小回り(こびとのウェーデルン)や、ジャンピングウェーデルンのように、いかにも練習していますというような滑り方では、他人の視線が気になるのだ。おまけにヘタクソときている。ここではそういう心配も無い。いやあ、いいコースだ!私が今まで練習したバーンとしては、ここが最高ではないだろうか。

 午後はここだけを憑かれたように滑る。分かりかけていた小回りが、うまく乗れるようになった。高速のまま、回旋力を生かして、板を廻し込む感覚が分かった。二十本は滑っただろうか。クワッドは速くて、しかもほとんど並ばない。いい気になって急斜面の練習をするとフォームが崩れそうなので、この中斜面だけ、斜面の形が変わるほど、ゴリゴリと滑る。同じ斜面をこれほど繰り返し滑ったことは、後にも先にも、この時だけだ。

  翌日は黒姫へ。ここではやや強い斜面で小回りを特訓する。板を積極的に廻し、急斜面でも暴走しない。昔、湯沢中里でずらしただけのウェーデルンをやっていたら、「板を廻し込む動作がほしい」と言われて、何のことかよく理解出来なかったが、今、それが何なのか、分かった気がした。RXDの板も、真上からしっかり乗っていれば、小回りはできるのだ。
 
  翌週、会社の有志とグランデコに行く。3年前まで出向していた研究所の部長が来ていた。「遠くを見ろ」「乗る位置が後ろだ」と、色々言われた記憶がある。私の滑りを見て、「私もH部長も、超えたね」と感心してくれた。昔を知る人から誉められるのは、実にうれしいことだ。トロトロみんなと滑っていても1級に合格できない。みんなの勧めもあって、私一人、スクールに入る。SIAのスクールはマンツーマンであった。レッスン前に、レベルを見るというので、得意になった小回りを見せた。先生は、「君は2級を持っているというが、今のは1級の滑りだ」と言ってもらう。有頂天になってはいけないが、自信にはなる。検定に向けたレッスンをしてもらう。
 
  いよいよ、今度こそ1級を仕留める時がきた。場所は、SAJでも数少ない、バッヂ合宿をやっている、白樺国際を選んだ。合宿は1級受検が8人くらいだ。1日、教習を受ける。とにかく、2月の上旬で、雪質がいい。私は、合格のための条件が揃ったと思った。おんたけで開眼したステップターン、きそふくしまでの総合滑降、そして木島平での小回りが得意種目に思え、苦手に感じる種目は何もなかった。ビデオも使用し、夜には対策ミーティングまでやる。そして最後に先生からは、紙が渡された。最後のアドバイスだ。紙には、「ほぼ合格レベルにあると思います」と書かれていた。そして若干の注意点。しかし、油断はならない。いつも、今度こそと思いながら、4回も落ちているのだ。宿泊所のテレビでは、長野オリンピックの開会式が放送されていた。
 
  翌日は、午前から検定が始まる。人数が多くて、午後からでは終わるのが遅くなるので、いつも午前中にやっているらしい。天気は小雪が降っていた。1級受検者は30名くらいいて、私のゼッケンは1番であった。最初はステップターンだ。まず、前走が滑る。見るべきポイントは、どのくらい助走をつけて、どの地点から演技を始めれば6回転でゴールできるかだ。ところが前走は、助走をつけすぎて、4回転でゴールしてしまった。受検者がいっせいにどよめく。ステップターンは6回転と決まっているからだ。ゴールの検定員から、上のスタートの旗振り係に、「まどわされないように」と無線が入る。こうなったら、私が前走だ。今までの経験と、前日までの練習で、タイミングは分かっていた。心の中で数えながら、うまくゴールできた。
 

白樺国際
白樺国際
車山とエコーバレー
車山(左)とエコーバレー(右)が見える
  

  規制滑降も1番スタートだ。スタート順位のローテーションはしないので、全種目を私が先頭スタートになる。自分なりにすべったが、少し最初のターンが大きすぎたか。
 次の小回りは得意なつもりだった。ところが、検定員が「この雪質は、あまりにもやさしすぎるので、本日はコブ斜面でやります」と言った。冗談を言いなさい、事前講習では整地でやっていたでしょう!。一応、1級の検定は「不整地を含む」となっているが、実際には、コブ斜面での検定など、見たこともなかった。
ひょっとしたら、これが原因でまた落ちるかもしれない。暗雲が立ち込めはじめた。検定ひとすじで来たので、コブなどほとんどやったことがない。たまに遊びでやるくらいだが、本格的に教わったり、練習したりしたことはなかった。
 
 検定バーンは基本的に、上半分がコブで、下は圧雪されていた。前走がヒョイヒョイとコブを滑り、後半の整地をきれいにまとめた。ここで私は、1番になってよかったと思った。どのようなラインどりをすればいいかがイメージしやすいからだ。
 覚悟を決めて、前走とおりにコブを滑る。コブはあまり大きく発達していなかった。最後の整地はベンディングのままでゴールした。後からスタートした者の中には、少しラインをはずれて、大きなコブに行き当たり、減速してしまう場合が多かった。1番でよかった。パラレルを順当にまとめる。ううん、何とか70点くらいかな?最後の総合滑降で決まりそうだ。
 
  総合滑降は、サラブレッドコースという、ゴンドラ脇の急斜面で行う。結構、長い。はるか下にゴールのポールが見える。小雪がやんだ。総合滑降はスピードが命だ。細かい個別の演技は、個別の種目で見られており、ここでは実際には、スピードの対応力が大きな比重を占める。そして、種目の変わり目の変化対応などだ。一般には、パラレル大回りでスピードを上げ、小回りで変化対応を見せ、ステップターンで終わる演技がポピュラーだ。私もそのパターンをとることにした。
 
  前走がスタートした。クローチングでスピードをぐんぐん上げる。なかなかやめない。誰かが「おっ、おっ」と声を出す間に、全コースの3分の1くらいをスピードを上げるために使い、パラレルに入った。2回転くらいで小回りに切り替わる。高速なので、雪面を切るだけだ。そしてステップターンを2回くらい入れて、ゴールした。よし、あの演技ができれば合格ということだな。「1番、スタートして下さい」30人の受検者の視線を背に、勢いよくストックで漕ぎ出した。前走のスピードを超えるつもりでだ。5回くらい必死で漕ぎ、高速でパラレルターンに入る。板の真上に乗っていると、恐怖感もないし、ゴールも周囲の状況もよく分かる。2回転くらいで小回りに入る。スピードを殺さないように雪面を切り、ステップターンで終わる。会心の演技だった。教習してくれた先生は、先生の輪の中から、笑顔で手を上げてくれた。

  総合滑降が終わると、全員、ゴール付近に集められた。検定委員長の講評である。雪のコンディションは最高であったと、雪を誉めているので、また採点が厳しくなるなと思ったら、「テストの感想を一言で言えば、今回の受検生は、レベルが高かったな、ということです」と言って締めくくった。そんなこと言ってて、全員落とすんじゃないんだろうな。今までの経緯から、額面通りには受け取らない性格になってしまったが、自分では納得のいく滑りだった。受検者の後半にはどこかのクラブらしき一団がいて、結構、まとまった滑りを見せていたので、彼らを指しているのかもしれないが。合宿仲間と、ランチに行った。テストが終わった後のランチほど、饒舌になるものはない。緊張から解放されて、テスト談義の花が咲き乱れた。
 
  発表は、スクール前だという。少し早めに行ってみたら、もう講評などやる様子も無い。ただ、試験結果の掲示だけがあって、合格者はスクールの中で手続きをしろということだ。窓に貼られた成績表には多くの受検者たちが群がっていた。しまった、見に行かなきゃ。1番、あるかな。成績表に近寄った。紙の一番上の行の横に、「合」の文字は、ええと、無い!またか!。一瞬、目の前が雪よりも真っ白になる。いや、よく見たら2級だ。落ち着け、1級はその隣だ。ええと、あった!1級の1番、合格だ!とうとうやった!。
 
  合格率は高かった。3人に1人以上は受かっていた勘定になるが、後ろのクラブの人たちは、4人立て続けに合格して合格率を押し上げていた。だが、合計点数は、私が最高点だった。個々の点数を見ると、パラレル210点、小回り212点、規制211点、ステップターン210点だから、全て平均70点以上だ。そして総合滑降は、215点だった。つまり、72点を付けた検定員が2人もいたことになる。全受検者の全種目でも、215点はただ一つの最高点だった。前走よりもスピードを出した甲斐があった。悪く言えば、普通にまとめておけば安全確実に合格していたものを、あえてリスクを負って滑っていたことになる。しかし、自分にとっては最高の滑りができたと思う。この215点はいい思い出になるだろう。

  バッヂと合格証の交付を受けて校舎の外に出ると、掲示板の前には、合宿仲間が集まっていた。仲間は私を入れて3人合格したが、私のすぐ後ろを滑った3人は落ちた。事前講習の時に、私に「僕の滑り、どうですか」とよく尋ねてきた学生は、205点とかまで出して、落ちていた。「うん、いいんじゃない、きれいですよ」など、自信を持たせようと誉めていただけに、言葉が無かった。だが、私に「おめでとうございます」と挨拶をしに来た。「実は、私は、先週ここで2級に合格したばかりなんで、何点出るか試しただけなんですよ。僕もすぐ取りますよ」と言って、一礼して会場を去った。結果を受け入れた者はサバサバしたものだ。掲示の前には、まだ未練がましく立って見ている者もいれば、そのへんに座り込んで、虚空を見つめている者もいる。私も最近まで、そうだった。
 合宿の仲間で合格した女の子は、もう、掲示を見て、キャアとか言って、あとは壊れていたようだ。妹を連れて来たという名古屋の人は、「兄貴の面目が立ちました」と喜び、妹は、「今回は、帰りの車の中で、当り散らされずに済む」と喜んでいた。
 遠くにエコーバレーが見える。スキーを始めて3回目くらいに行ったスキー場だ。「1級を取るには特訓だ」と、部長に連れられて行ったのは、もう5年前のことになる。人それぞれにバッヂテストがある。100人の受検者がいれば、100通りのバッヂテストがあるのだ。

(完) 

バッヂ
 
(第4話:怒涛編)   (番外編)  
   
ツイートする
HOMEスーパーエッセイ! > バッヂテスト物語-5