リフトに思う


    ━━ 人間とは待つことができない動物である ━━
                                           


 ポインターという猟犬は、獲物を見つけるとその場所を指差して主人に教える賢い犬である(だからポインターというらしい)。しかし融通が利かないこともあるそうだ。岩を獲物と見間違えたうえ、主人もうっかり家に帰ってしまうとそのまま動かずに待っているので、指差し姿勢のまま白骨となって発見されることがあるという(この話、どこまで本当か分からんが)。
 じっと待つことにかけては日本にも忠犬ハチ公がいるが(この話もかなり脚色されているらしい)、おおむね犬は忍耐強い動物として知られている。
 
 人間には、そのような忍耐力などあるわけが無い。忍耐力にかけてはニワトリ並みという私にとってはなおさらのことである。
 スキー場でうんざりすることといえば、リフトの行列である。我々は並ぶことを楽しみにスキー場へ行くのではない。「ラーメン屋は行列を作って食べるからうまいんだ」なんて訳知り顔で言うヤカラもいるが、「スキーはリフトで行列を作って滑るから楽しいんだ」というアホには会ったことがない。

 長引く不況から、最近のスキー場にはリフト待ちがあまり見られなくなった。私がスキーを始めた1990年前半(ボーダーが現れたころ)は、映画の「わたしをスキーに連れてって」による爆発的なブームは過ぎたものの、土日の人気スキー場はリフト待ちが見られた。学校が第二と第四土曜日を休みにしてからは、その週のスキー場はファミリーで込みやすくなるので、マイナーなスキー場に逃げるようにした。そして人気のあるスキー場は第一第三に行くようにしたものだ。
 それにしてもリフト待ちはなんとかならんか。

並び方ところがカナダのウィスラーに行った時、目からウロコが落ちる思いがした。
 まず、ゴンドラでもクワッドでもシングルレーンがある。一人で乗ってもいいよという人のためのものだ。
 右の変な図を見てもらいたい。4人乗りのクワッドリフト乗車場のイメージだ。人はリフト前に一列に行列を作れるものではない。とりあえず扇状に広がり、リフト乗車口に向かって狭まっていくのだ。しかし、性格が愛他的というか、慎み深いというか、アホというか、のろいヤツの後ろに並ぶと、えらく遅れることになる。特に合流地点ではどちらが譲るのかで殺気立つこともある。しかも、スキー板の踏み合いが異様な緊張状態を生むこともあるのだ(他人の板を踏んでも平然としていられるヤツが多いのは苗場だ)。

リフト
ウィスラーで。中央がメインラインで、
左右から割り込むのがシングル
リフト
ウィスラーで。シングルレーンの入り口。


 ところがウィスラーではたとえば右側と左側に広がっていたとすると、必ず端にシングルレーンがある。そして2〜4人で並んでいる左のAレーンと右のBレーンの人が交互にリフトに乗り、もし2、3人の人がいれば、きっちり4人になるようにシングルの人間が補充するかたちで割り込む。
 重要なことは、混雑してきたら係員が立って、交通整理をすることにある。たとえばAに3人来たら、左のシングルレーンに向かって「シングル!(日本人の耳にはスィングゥと聞こえる)」と手招きする。Bが4人ばかりだとたまに気を利かせて、Aの3人に対してBのシングルを呼ぶこともある。Aに2人が来て、Bも2人だったら合体させるが、Bが3〜4人の時は、「2シングル!(トゥースィングゥ)」と言って、シングルを2人乗せることもある。
 いずれにせよ、必ず並んだ順番に乗ることができる。前に進もうとイライラしたり、「ボケッとしているといつまでも乗れないぞ」という緊張感から解放されるこのシステムは高く評価できるだろう。

 ポイントは、「クワッドは常に4人乗せる」ということだ。そしてスキーヤー(忘れては困るが、スキーヤー以前に大切なことは、スキー場の客であるということだ)が不便を感じたらすぐに係員が出て、便宜を図ることだ。
 

リフト
滑り降りるのに恐怖を感じる
 行列
 こんな看板じゃ、だれも言うこときかないよ

 日本では、「金を受け取ったらあとは知らねー」というスキー場が多いようだ。
 右の写真は福島の箕輪スキー場である。画面の矢印に大勢の人がいて、扇形に広がっているのが見えるだろう。諸葛孔明が見たら、「あれは鶴翼(かくよく)の陣である」と言うであろう。実は、これはクワッドリフトを待つ行列であるのだ。ゲレンデの込みかたと比較して、ひどい並び方だと思うだろう。ところがよく見たら、このクワッドには2〜3人乗りが多いのだ。下に滑り降りてみると、係員(後ろに手を組んで、ボケ〜っとしている泥人形のようなオヤジ)が2人くらいいて、何をしているかというと、何もしていないのだ。スキーヤーもイライラしているようだ。みんなのイライラを合計すれば、心臓発作か脳溢血の20人分に相当すると思われる。それにしても並ぶだけではなく、係員が何も手を下さないこともイライラに拍車をかけた。斜面の上からあの無秩序な行列を見下ろすととても並ぶ気になれず、苦痛の無間地獄に向かって滑るようで、楽しくないのだ。ウィスラーがいかに優れたマーケティングを実践しているか、日本に帰ってきてから身に染みたことが多かった。
 逆に私をうならせたのは、南郷スキー場である。ここの上部の平坦なところには、ペアリフトがある。私は一人で乗ろうとしたら待ったをかけられ、後ろの方の一人乗りと一緒にして乗せたのだ。大した時間の差ではないが、係員がこのような努力をしているのを他の客が見ることにより、客も気持ちが治まるものなのだ。(ただし、私を待たせるのではなく、後ろの一人を私の所まで割り込ませるのが正解だ。私に待たせるというストレスを与えている。なお、割り込まれた私の後ろの人たちは、どちらにせよ私が一人で乗る時と時間は変わらないのだ)

リフト
2人で乗るんだぞ

 さらに良かったのは、写真にあるように、ゴジラのぬいぐるみの頭を「二列乗車」の看板の横に置いてあったことだ。ある程度強制したいが客には言いづらいことは、このようなおっかないぬいぐるみに恫喝させて、それとなく「おい、二人で乗れよ」と深層心理に訴えているのは見事である。広告代理店のプランナーとして、なかなかコミュニケーションのとりかたがうまいと感嘆し、写真まで撮ってしまった次第だ(係員に確認したわけではない。私の思い過ごしかも)。
 この他、2人乗りのペアリフトで2人乗車を徹底していたのは、妙高池の平などがあった。

 スキー場が混雑するのは、電車のラッシュアワーと同様に、休日に押し寄せる客にも原因があるといえる。休日にも待ち無しの設備にすると平日のロスが大きくなり、コストが高くなるからだ。それでもいいよという人が多ければ、開業したてのころのザウスやアメリカの一部のスキー場のように、値段が高くなることを承知で入場者制限をするスキー場を開発するのも手だ。
 ただし、リフトを定員いっぱいで乗せていない場合の混雑は人災であり、スキー場の怠慢といえる。

 日本のリフト事情については、雑誌等でもよく取りざたされていたので、あまりごちゃごちゃ議論するのはよそう。言いたいのは、客を楽しませようとするスキー場の意志があるか否かということだ。



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