リフトの上で

 私が生まれて初めてリフトに乗ったのは、小学生のころだった。冬、家族と電車で駅(たぶん石打あたり)に真夜中に着いたら、宿の人たちが大勢のぼりを立てて待っていた。その一人の後に付いていったら、宿に行くのに途中でリフトに乗せられた。よくわからないまま一人でシングルリフトに乗せられたのはよかったが、だんだん高度が上がり地面と距離が離れて恐ろしくなった。あたりは暗く、いくつかの照明が雪を照らしていた。必死でシングルリフトのパイプにしがみついていたのを覚えている。翌日はそり遊びか何かしていたようだが、覚えていない。ただ、このリフトの記憶だけは今でも鮮明だ。
 


 私はリフトが好きだ。何の迷いもなくボ〜っとしていられる。これは通勤電車と同じで、焦ろうが慌てようが何をしようが、乗っている時間を縮めることはできない。そう思うと逆に落ち着くものだ。ボケ〜っとして遠くを見てもいいし、考え事をしていても自由だ。眠るのは危ない。
 今までに実に多くの場所で、いろいろなリフトに乗ってきたし、いろいろなことがあった。少し振り返ってみよう。


●リフトの上で死にそうになる
 地獄を見た思いをしたのは北海道のテイネハイランド。北壁にあるリフトで死ぬほど寒い風が吹いた。体感でマイナス30度はあったのではないだろうか。風さえなければ十分に耐えられるのだが、目玉まで凍りつきそうだった。必死で顔を覆っていたが、耳なんか感覚が無くなり、ひょっとしてどこかに飛んでいったんじゃないかと思ったほどだ(マジ)。それまではフェイスマスクなんかを思いっきりバカにしていたのだが、思わずショップに駆け込んで買ってしまったほどだ。
 同様の経験がスイスのツェルマットであった。標高3800mで寒さはマイナス20度くらいだったが、向かい風に向かって氷河の上を滑っていたら、いきなり両頬に凍傷を作ってしまった。本当にあっという間だった。風が強い時は要注意だ。
 

●リフトが止まる
 厄介なのは、リフトが止まった時だ。どこかのタコ美ちゃんかタコ之助君が乗車位置でコケて止めるのはよくあることだが、強風でございますなんて言われたらいつ動き出すか分かったものではない。いつだったか、降車口まであと3m、さあ降りようと板を上げたところで5分も止められてしまったことがある。高さが1mも無かったので飛び降りようかとも思ったが、係員のオヤジが目の前だった。それでもその帰りの車のラジオで「川場では今日、リフトが故障で1時間止まりました」なんてニュースを聞いたりするとまだましだと思いつつ、ゾッとするものだ。
 私とウィスラーに行った先輩は以前、ウィスラー山頂付近のピークチェア(寒い・恐い・長いの3拍子がそろっていることで有名)で50分も止められてしまい、降りる時に係員から無料のドリンク券をもらったらしい。こういう事故の時のためにドリンク券を用意しているところはさすがだが、リフトは止めてほしくないものである。
 

●リフトで話す
 リフトに同乗した知らない人と話すなんてことはまず無いが、北米、オーストラリアだとこれが当たり前のようにある。どこから来た、日本にスキー場はあるか、みたいに聞かれることもあるし、リフトに乗った時に目の前にあるスキー板について話をすることもある。一番印象深かったのは、ウィスラーに行った時、リフトの上でニュージーランド人と話をした時のこと。(以下は国内レポの白馬八方にも載せた話だが)なかなかクセがあって面白いやつだった。その彼が長野オリンピックの八方尾根会場で、競技のスタート位置をどこにするかでもめていた話をこう評価していた。「実に間抜けな話だ。すでに何メートルも雪が乗っかっていて、すでに大勢の人が滑っているのに、雪の下の植物を保護しろとかバカな事を言ってるやつがいるんだって?そうして自然を保護しているのを世界にアピールしようというアホウがいるんだって?昔、日本には、犬に頭を下げていた時代があっただろう(徳川綱吉の生類憐れみの令、お犬様を指す)。あれを見て、外国人は、「日本人は犬を大切にする国民だ」と思うか?ただ、卑屈(servile)になっているだけだと思うだろ。スタート小屋を下げてレースのレベルを下げたら、弱いやつが勝つチャンスが出るだろうが、実力が反映されなくなるだろ。日本人は自然との接し方がヘタで、自然を大切にしているんじゃなくて、ただ卑屈になっているだけだなあ!」矢継ぎ早におちょくられるような感じで言われたが、日本のことをよく知っているのにも驚いた。ニュージーランドはオーストラリアと並んで人口当たりの日本語学習者が世界で断トツの1・2位らしい。よく勉強している。私がロシニョールの板を履いてるのを見て、「フランス人は南太平洋で核実験をやりやがった、フランス製品は買うんじゃない」と哲学者のような顔をして、真剣に言っていたのが忘れられない。
 

●リフトでの作法
 リフトの乗り方は大筋で統一されているが、場所によって多少の差がある。また国によっても異なる。たとえばストックはどうするか。手に持てとか、はずして足と座席の間にはさめとか。私は後者だ。こうすると両手が完全に自由になるので、リュックからカメラを取り出して風景を撮影できるからだ。うっかり落とす心配もない。
 座っているとスキー板がV字に広がりやすい。隣に知らない人がいると神経を使ってしまう。そういう時は板を交差し、ストックで留めるようにする(写真)。小心者といわれそうだが、これも気配りである。
 その他、バッヂを目指していたころは食事の時間が惜しくておにぎりなんか食べていた。すいている時のゴンドラなら観覧車の中のようにちょっとした食事はできる。ごみを残さないように。残していいのはおにぎりのノリのにおいと感謝の念である。
 

●リフトで何をするか
 時間を有効に使うなら、次に滑るコースを決めてイメージを作っておくことだ。降りてから考えていては時間の無駄だ。そのため地図は出しやすい所に持っておこう。バッヂ受験のころはうまい人の滑りをリフトから見ていた。下手な人は見ない方がいいとスクールの先生が言っていた。悪いイメージが付いてしまうからだ。それと、準備体操をするアホがいるが、これはいかん。足を交互に上げたりしているのもいるが、リフトを揺らすことになる。ウィスラーでリフトを揺らし過ぎてフックが外れてしまい、そのショックで前後あわせて4基のリフトが落下、数名が死亡する事件があった。リフトは揺らしてはいけないのだ。
 

●ゴンドラ
 広義には、人を乗せて運ぶ索道はリフトである(ロープウェイは別格)。1人乗りはシングル、2人乗りはペア、3人乗りはトリプル、4人乗りはクワッドいうが、5人乗りにはお目にかかったことがない(知っている人は教えて)。そしてゴンドラがある。ゴンドラは板を外して乗る。6人乗りと8人乗りが主流である。もし一人で乗ることがあれば、ブーツを脱いで足を伸ばして休憩できる。たいてい時間が長いから急いで食事をとることもできる。ドラゴンドラみたいな客を楽しませるようなゴンドラでは休憩しているヒマは無いが、たいていは時間があまる。こういう時はゴーグルやサングラスの手入れをしたり、カメラのレンズを拭いたりとか、リフトの上ではやりにくい作業もできる。落っことす心配が無いのはなによりだ。場所によっては気分が悪くなった人のためのゲロ袋まで用意しているのもある(写真)。ティッシュの用意の方がありがたい。ゴーグルを拭ける。
 スキー場に提案がある。乗車口で豆カラを貸し出して、カラオケを楽しんでもらうなんてどうだろう。そのゴンドラの乗車時間にあわせて曲を用意するのもいい。楽しくて山頂で降りるのをやめて、そのまま降りていった人には追加料金だ。ウチの会社の人間ならやりそうだ。(「酒を雪で冷やすとうまい」といって雪の中に埋めたヤツがその場所を忘れて、ケンカになったという)

 

●Tバーが日本の未来を築く
 日本ではあまり見かけないが海外で多いのがTバー、Jバーなどだ。これはとにかく必死につかまっておくことだ。うっかり転倒しようものなら後ろの人まで巻き添えにしてしまうので、注意しよう。私のように写真を撮ってしまうなんてのは真似しない方がいい。2人でTバーに乗る時は相棒と息が合わないといけない。そのため相棒がいない時は一人で乗せてもらうものだが、外国では平気で知らない人同士でTバーに乗せる(というか、乗ってくる)。事実、Tバーは2人で乗った方が安定がいいのだ。一緒に乗った以上は、運命共同体である。たとえ2人がイスラエル人とパレスチナ人だと分かっても、降車するまではバランスを崩さないように団結しなければならない。そして相手がタコでないことと、自分がヘマをして冷たい眼で見られないことを祈りながら。
 それにしても、知らない人間と瞬時に人間関係を築くことにかけてはTバーに勝るツールは無い。後半あたりでお互いの家庭の悩みなんか話せるようであれば完璧だ。降りる時も合図をして同時にバーから手を離すようにしないと転倒しやすいのだが、それまでには息の合ったコンビになっているから大丈夫だ。少子化の進む中、人間関係の構築と維持が下手で、学校や会社をスピンアウトする若者が増えているという。日本もTバーを積極的に導入すべきである。

 

●リフトとタバコ
 リフトとベッドの上ではタバコを吸わないのがマナーであるが、マナー以前のルール違反として、タバコの吸殻を捨てることは非常に問題である。
 初めてこれを感じたのはまだ2級目指して練習していたころの天元台(山形県)での春スキーであった。ロバの背中に乗っているかのような、どえらくのろいシングルリフトでトロトロ登っていたら、降車口が近づいたあたりで奇妙なものを見た。真っ白な雪の上に無数にボチョボチョと穴があいているのだ。げげっ、ヘビか虫の巣か?。そう思って上から穴をのぞいたら、1つの穴に1つづつ、タバコの吸殻が入っていたのだ。小学生のころ、理科の授業で鉢植えをするときに指で土に穴をあけ、種を入れたことがあったのが思い出された。それにしてもその数が多くて、ぞわっとして気持ち悪い。多分、リフトがのろいので退屈でタバコを吸い、降車口が近くなったところでポイ捨てをしているのだろう。気持ちは分かるが、ただゴミを投棄しているだけだ。そして肥やしにもならないフィルターがリフト下に累積していくのである。
 ちなみに、中央アルプス千畳敷のスキー場に行った時、ロープウェイ駅の前に宝剣岳を背に記念写真が撮れる大看板があった。ロープウェイの客が押し寄せ、一通り撮影が終わって人がいなくなったころ、係員たちがその周辺に集まってごみ拾いを始めた。そこいらあたりの斜面にも吸殻が転がっていて、客の波がくるごとに彼らは斜面を降りてごみ拾いをしていた。日本人は伝統的に自然の中でゴミを捨てることに抵抗がないらしい。